会社の先輩が「毎日昨日より1%でいいから成長しつづけたい。
そうすれば1年後、5年後にはすごい自分になっているはずだ」と
おっしゃっていて、なるほどなあと思った。そうなんだけど。。。
僕の職場では若手がなかなか育たないというのが課題で、
セールスたるわれらの成長とはすなわち稼ぐことであるが、
稼ぐためにはいいお客さんができることが必要である。
そうすると稼げるようになったのはお客さんのおかげで、
自分自身何かが変わるかと考えるとよくわからない。
(先輩方は大手が1件できると変わると言う)
仕事ができてないから変わらないのか、変わってないからできないのか
という話はさらによくわからないのでとりあえずなんとか
稼ぐことを考えて仕事をしている。
学生のころであれば、成長とはすなわち問題を解くことであり、
知識量の増加であったりした。(とりあえず僕にとっては)
音楽であれば、難しいフレーズが弾けるようになるとか、
高いキーがでるようになるとかだろうか。
でも技術があるからっていい音楽が作れるとは限らないし、
いい演奏ができるとも限らない。
下手っぽいのにすごくいい演奏をする人をたくさん知っている。
麻雀だったら振り込まないとか、状況に応じて手作りするとか
そんなんだろうか。
・・・要は勝率が上がることだろうか。それなら運もかなりの要素を占める。
結局今の仕事において、周りの人が言う「稼ぐ」ってことが
あんまり自分の成長とリンクしないという感覚がある。
というわけで、とりあえず稼ぐというミッションの遂行に励んでいる。
でもそういう感じだと空しいときもあるし、
何のためにやってんだろうと思うこともある。
というか僕は自分の成長が何なのかよく定義できていないのだ。
別に聖人になりたいとも思わないし、尊敬を集めたいとも思わない。
まじめに働く勤勉な労働者の鑑になりたいとも思わない。
死ぬほど儲けて豪邸に住んで、うはうはしたいともあんま思わない。
でも、かっこよくありたいとは思う。
あと、なんかいいこと起こればいいな。
てか起こしたいと思う。
これは正直な実感だ。
だからとりあえずいろんなことを引き受けてみることにした。
やってやるよ、と。
俺に任せとけ、と。
みんなが困ってるときに任せとけっていう人、かっこいいですよね。
多分そういう人のところには、幸運も味方してくれるんじゃないかな。
そんな感じがする。
できない、思わない、賛成しない、きらいはもうたくさんだ。
自分の したい、すきだ、楽しいっていう感情に敏感になってあげないと
今夜にでも死んでしまうんじゃないか。